ポップス地獄

 

 

 もう20年近く前、京都三条のライブハウスに友達に誘われて行ったことがあった。そのライブにはバンドが3つ出たのだけど、二番目に知り合いのギタリストがいるバンドが演奏し終わり、さぁもういつ帰ってもいいなと思って半分席を立とうとしていたら、次にでてきたバンドがバンと音をだした途端、僕は思わず席から身を乗り出しステージに釘付けになった。それは「シーガル・セレクション」というバンドで全曲オリジナルのポップスだった。僕も当時は耳障りのよいポップスを作って友人たちとのバンドでやっていたのだが、同じポップスでもこれは全然違うと思った。つまりはふっきれているのだ。へんなものが混ざらずまっすぐに伝わってくる。演奏もやたらうまいし、分数コードが効果的に入っているのも個人的にたまらなく心地よい。当時、いろんなことに行き詰っていた会社員の僕は、光明を見た思いで、以後そのバンドのライブに通うことになるのだが、とにかくこのバンド、やる曲やる曲、ひたすらポップで、こっちの胸はドキュン、ドキュンとやられっぱなしの状態。聞いているうちに「もう堪忍してくれ・・・」と息苦しくさえなった。そしてこの状態を僕は「ポップス地獄」と名付けた。快感と苦しさの同居。これは笑いがとまらない状態にすこし似ている。 

 そして、つい先日のこと。5人のシンガーが出演するコンサートが新潟であった。僕は山本潤子さんをサポートする役目。本番前に各シンガーが順次リハーサルをやっていくのだが、山本組のリハが終わり、次は太田裕美さんのリハになった。春に太田さんと東京JCBホールでのコンサートで一緒になったとき、「木綿のハンカチーフ」の歌詞って泣けるよね、と潤子さんが楽屋でいきなり大きな声で言った。それで、よく歌詞を聞いてみると明るい曲調に覆われて気付かずにいたが、実はこんな切ない内容だったのだ、と遅まきながらそのときに気付いた。そしてこの曲をとても好きになった。

 きっとこの日の新潟でもこの曲は演奏されると思い、太田さんのリハを客席にまわって聴かせてもらうことにした。そして期待通り始まりました「木綿のハンカチーフ」。イントロが始まって、あれ?!アレンジがいつになくダンサブルなポップでいい感じ!、と僕の潜在意識にくだんの京都の思い出がうっすらとよみがえりはじめたそのとき、サビでいきなり男性ハーモニーが入ってきた。「都会の絵の具に~染まらないで帰って~」この「帰って~」のハモリにドキュンとなった。声の主は稲垣潤一さん。引き続いて軽く転調し、今度は稲垣さんがリードとなる。「恋人よ半年がすぎー」の「ぎー」の声の伸びと減衰がたまらない快感。「ひゃー」という気持ちになる。ふたりのコンビネーションは、主旋律とハーモニーを交換しつつ上になり下になり、さながら二機の飛行機が滑空するイメージ。なにしろひたすらふっきれてる。当然ながら身をのりだして聴くはめになったぼくは呻くようにつぶやいた。「こ、これは・・・久々に味わうポップス地獄!」加えてたまらなく切ない歌詞とキャッチーなメロが左脳右脳ともに刺激してくる。仕様がなくなった僕がどうなったかというと、いつしか曲に合わせ、ハイハットを刻みスネアを打つエアードラマーと化したのだった。

 稲垣さんの新しいアルバムは女性ボーカリスト11人とのデュエット集。この木綿のハンカチーフも収録されているし、潤子さんとのデュエットも素晴らしいのでおすすめです。