悪いオフコース

 会 社に入りたてのころ、定例会議が月2であったのだが、とにかく退屈だった(会議というより報告会)。で、出席者を見回して、先輩たちのあだ名を考えたりし ていた。憶えているのは、「春日三球」(単に似てたから)、「うそ泣き」(販売代理店を前にした会合で感極まって泣いたふりをした)、モスゴジ(モスラ対 ゴジラにおけるゴジラに似てた)、など。そして、その中に「悪い格さん」と名付けた人がいた。小柄でフットワークがよい人で、上司に仕える従順の人だっ た。だが、同時にいくらかの腹黒さを感じたのでそう名づけた。


時は流れて、昨年秋、引越しをした時のこと。「悪いオフコース」に遭遇したのだ。


 事 前に引越し業者にエアコンの取り外し&取り付けの見積もりを依頼したら、1万円ちょっとかかるとのことだった。ただし3万払えば、作業時、なにか不測の事 態があったとき、すべてを担保する、とのこと。まぁ、ホースもそのまま使えそうだし、と基本の一万円ちょっとコースを頼んだ。そして、引越し当日、作業は 順調にすすんで、エアコン取り外しもことなく終わったとき、取り外し担当者がこう言った。「取り付けは別の業者が来ますんで」、と。え?と思った。取り外 しだけでも、かなりの手数料がかかると思ったが、設置は別の業者が?
こ れは何か仕掛けがあるぞ、そう思い新居に向かう。新居への家財道具搬入もひとまず終わり、エアコン取り付け業者が来ると聞いていた時間に階下までおりてみ ると、建物前に、一台のバンが停まっていて、中で2人組が談笑していた。ひとりは運転席のハンドルに足を投げ出す格好でふんぞりかえっている。


「エ アコンの取り付けの方ですか?」と声をかけると、助手席から男がぬっとおりてきた。痩身で色黒、背が高い。瞬間、オフコースのやっさんに似てると思った。 ついで運転席からおりてきたのは、短髪の男、すなわち小田さんである。やっさんはまあ普通に話すが、小田さんは何も語らずに部屋に入ってくる。「これは悪 いオフコースだ」、僕はそう思い、身構えた。なにしろ、取り外しと取り付けに一万円しか払ってないのだ。ということはそれぞれ5000円、取り外しに2人 組でやって来たこの悪いオフコースが一人あたま2500円の手取りで黙っているわけはない。どんな難癖をつけてくるのであろうか。


室内エアコン本体担当は小田(もはや呼び捨て)、室外機担当はやっさんである。ふたりは声をかけあいながら作業をすすめていく。エアコンの壁付けも終わった、室外機も設置OK、ホースの長さも無事足りて接続もできた。おお、このままうまくいくのかと安心しかけたとき、「さて、と」と小田がエアコン本体のスイッチを入れてみると、はたしてこれがウンともスンとも作動しない。「や、やはり!」


小 田は小さく舌打ちし、接続を確かめたり、いろいろ本体をいじっている。それでも作動しないわが富士通エアコン(5年使用)。いろいろいじってはいるが、こ れはくさい芝居で、挙句、部品交換が必要だとか言い、そして法外なギャラ(工賃)をふっかけてくるに相違ない。なんせ彼等は日当を稼きだすまでは帰れない のだ。室外機の傍らには、やっさんが無言で立ち尽くしたまま、相方の一連の芝居を眺め、事のなりゆきを見守っているが、僕がごねだしたら、羽交い絞めにで もするのだろう。悪いオフコースの役割分担は練られているのだ。僕がそう思ったとき、小田は再度舌打ちし、ブレーカーのあたりをいじりにいった。と、その ときエアコンが作動した。ブーン、涼しい風が吹いてくる。


「はい、終わりました」小田はぼそっと言うと、工具を片付けだした。同時に、外にいたやっさんが、「じゃここに取り付け完了確認サインをお願いします」と追加手数料を請求することもなく静かに言った。た、助かった・・・。


小田はブレーカーに関する注意点を何やら語りながら出て行ったが、彼が何を言ったかはさっぱり覚えていない。とにかく悪いオフコースではなかった、疑ってすんません、そう思いながら、仲良さそうにひきあげていくふたりの背中を見送ったのだった。