今日が誕生日の妖精

 

 数日前、郵便受けに町内会の運動会のお知らせが入っていた。飲み物券が付いているので、それをもらいかたがた行ってみようと思っていて、その日になり、午後にぷらっと出かけてみる。会場の小学校のテントには、ドリンクがたくさん置かれたテーブルの前に老人が数人座っており、彼らに見守られながら券とポカリスエットのボトルを交換する。しばらく見物していると、借り物競争というのが始まった。その昔は、借りてくるものはメガネとか腕時計などのモノであったと記憶しているが、こちらは人を借りてくる、というもの。スタート地点から10mくらい先に落ちている伏せられたプラカードに借りてくるべき人が書かれていて、それを拾い上げた競技者が該当者を探し出して連れてくる、という寸法だ。進行役の女性がマイクでプラカードに書かれた内容を読み上げ、レースの顛末を実況してくれる。

 第一レースは、「会場一イケメンなご主人」「フラフープが得意な人三人」「身長180センチ以上の人」などと進行役が元気に読み上げた。各々競技者はそれらしき人を見つけ、手をつないで一緒にゴールしていくが、まず長身の男ペアがゴールし、続いて、ちょっと微妙なイケメンご主人ペアが、さらにフラフープ現役世代の子供たちがゴールする。そして、ここから進行役は本当に該当の人なのかをマイクインタビューでもって追及する。「はい、じゃあ、ほんとにフラフープを回してみて」そう言われた子供は、「させる~?」といった表情を一瞬浮かべたあと、差し出されたフラフープを無表情でうまく回してみせた。これを見ていて、子供の頃、家にあったフラフープのけばだったプラスチックのざらっとした感触と、フラフープ自体、回していて、あんまり面白いものでもないという気持ちを一緒に思い出した。

 さて、第二レースでは、「ピカピカに輝いているおやじ三人」との指令が読み上げられた。咄嗟に、これは自分の出番ではないのか?、と思う。ピカピカではないがそれに近いものがある。借り出された人も参加賞をもらえるみたいだし、ここは積極的に借りられてみようかとキャップのつばに手をかける。しかし!せっかくのこの指令に、なんとふつうの頭髪のおやじ三人が僕の身構える位置のはるか手前ですんなり借り上げられていた。少しもピカピカに輝いてない!指令の趣旨を理解していない!とひとり憤慨する。

 第三レースでは、「体重合わせて250キロの三人」という指令を受けて、そう肥えてもいない男性グループがゴールインした。その一員である、カンガルーみたくおなかに巻いた袋に赤子を入れた痩せた若いお父さんと袋からはみでた赤ん坊の足を微笑ましく眺めていると、ふと、目の前を「今日が誕生日の人」というプラカードを持ったおばさんが右往左往しているのに気づく。会場には500人くらいの人がいるから、今日が誕生日の人は確率からすれば二人弱くらいはいることになるが、これは明らかに難易度が高い要求ではある。なかなか見つからず、おばさんは半狂乱の一歩手前くらいまで行っている。どうなるのか?、はたして見つかるのか?と思ったそのとき、ひとりの女性が近くの観客用テントからススッとトラックに進み出て、あせるおばさんに走り寄り、おばさんの手をみずから握って一緒に軽やかにゴールインした。長い髪に黒ぶち眼鏡、40すぎくらいのその女性はおばさんににっこり微笑んでから、すすっと観客席に戻っていった。ああ、良かった。さて、ゴール付近では、さきほどの痩せたカンガルーお父さんが進行役に体重を問いただされ「赤ん坊と合わせて80キロです」と言いながら、参加賞を受け取っていた。あ、参加賞、あの女性受け取ってない、と思って、さきほどの女性が戻っていったテント付近を見渡すも、もうどこにも彼女の姿が見えない。忽然と消えてしまっていた。

 

次のホップステップなんとかという競技が始まっていた。不思議なことがあるものだと思った。そうだ、あの女性はきっと妖精だったのだ。おばさんの危機を救いに舞い降りてきた、今日が誕生日の妖精。今にも降りだしそうな分厚い雲を見上げて、彼女の清々しい笑顔を思った。              

                             16.10.24