名盤再現ライブ!

 とある長屋の縁台に、団扇をパタパタしながら、マリーナ・ショウが腰をおろしている。そばの縁台にデビット・T・ウォーカーがてぬぐい首にぶらさげて、立膝ついて座っている。
マリーナ「暑なったなぁ」
デビットT「いや、ほんまに。でも、あんたこんな暑てもぜんぜん痩せんなぁ」
マリーナ「よう食べるしな、でも最近膝が痛うて」
デビットT「そりゃ難儀やなぁ、昔のわるさが今頃でたか」
マリーナ「あんたこそ、昔、ブイブイいわしとったん、最近どうなん」
デビットT「まだまだいけるで。これどう?」
マリーナ「ハハハハ、もっと聞かせてや」
デビットT「そうか、こんなんもあるで」
マリーナ「ハハハハ・・・」

 これは2011年6月26日20時すぎビルボードライブ東京のステージ、「Feel Like Makin' Love」におけるデビットTのギターソロ冒頭部分の様子である。ステージで椅子に腰掛けたふたりの会話、実際には大阪弁ではなく英語とギターフレーズの会話だったのだが、僕には完全にこのように聞こえた。マリーナは、デビットTのギターに異常に反応して、実際ステージでよく笑った。「ハハハハ」ではなく「ガハハハ」と。

 名盤『Who is This Bitch, Anyway?』 。学生時代にさんざん聞いたアルバムが当時のレコーディングメンバーとともに再現されるという。既にライブに行ってきた大学時代の後輩S(サンタナ似)から「良かったですよ~」との感想を聞き、行きたい感が急速に高まり行って来た。このアルバムは大好きなドラマー、ハービー・メイソンとチャック・レイニーによるグルーヴに、デビットTとラリー・カールトンという人気ギタリストが茶々を入れるというたまらない内容。だが僕はギタリストでもうひとり参加しているデニス・バディマーの演奏に最も耳がいっていた。そして彼の音やソロがこのアルバムのシンボル的イメージだったので、今回、参加していないのは残念だった。

 さて、アルバムでオープニングを飾る曲「STRET WALKIN' WOMAN」が演奏される。待ってました!これはアルバムでは娼婦役のマリーナと客との飲み屋での会話から始まりその途中に演奏がフェイドインしてくるところが鳥肌ものにかっこいいのだ。この日は会話部分は忠実に再現されたが、やおらマリーナが「ワン・ツー・スリー~」と必要以上の大声でカウントして演奏が始まった。かっこわる~。それになんと!曲の目玉である、たたみかけるようなハービーのフィルも、それに続くデビットTのソロも「やらないもんね~」と割愛されてる。完全に肩透かしを食らって、テーブルに手をついたとき了解した。「このオッサンら、あの名盤を再現したいわけではない。2011年6月の今現在、やりたいようにやっとる。」失望と光明。概ね原曲よりシンプル、テンポ遅め、しかしそこはなかとなく漂ってくるのは心地よさ。マリーナの声はすごい存在感があり、音域に応じてマイクの角度を微妙に変化させて唄う姿に惹かれる。世界中の海を回遊した海亀のような貫禄がある。

 ハービーのドラムはハンコックの「カメレオン」に代表される、ひたすらノンリバーヴでデッドな音の躍動感がたまらない。だから適当にライブハウスの残響を付けられたおしゃれなドラムだったらどうしようと思ったが、そこはハービー、手数が少なくて渋いドラムを聞かせてくれる。彼は手足が長いので、ドラムセットからは遠い位置に座っている。そこから演奏する姿は、煙をよけて焼き鳥をひっくりかえす縁日の職人みたいでかっこいい。だが年齢によるものか、連夜の演奏に心身が疲れたかもしくは単に飽きたか、今ひとつ躍動感がないなと思っていたら、「Feel Like Makin' Love」の転調後のフィルインでやってくれた。この日一番気合の入ったスネアの音でしめられたこのフィルを合図に始まりました極上グルーヴ。2拍4拍にストンと落ちるスネアが気持ちいいったら!この曲の後半でのみ別のスネアを使うハービー、この音がまたいい。自然に、体が横に揺れてくる&笑えてくる。ああ幸せだなぁと思った。幸せのきっかけをフィルインひとつで作ってくれたハービーはさすがだ。余計なことをやらない、出音に責任持ってる、そして出音が気持ちいい、この日のミュージシャンたちはすべてそうだった。

一句。

「名盤を再現しないライブ経て 家で聴いたら、ライブ再現」