最も風変りな御仁

 

これまでに出会った最も風変わりな御仁、といえば、小学校のクラスメートだったK君だ。

小三の春、転校した学校にK君はいた。

基本朗らかなK君は、すぐに僕を友達にしてくれた。

K君は普通の小学生ではなかった。こんなことがあった。(以下、カッコ内は学年)

 

■家の近くの公園の砂場でK君と相撲をとっている時、組み合ううちに急に動きを止めたK君は、僕のうなじをなでながら「かわいい~」と目を細めた。(小3)

■野球が得意でもないのに、野球チームを結成し、監督になった。チームは一試合もせず解散。(小3)

■クラシック音楽、指揮者のことにやたら詳しかった(小4~6)

■母の日の文集に、「うちの母はなまけものだ。このなまけようを見てほしい」と書いた。(小5)

■ある女子が、カーキ色のワンピースを着て登校してきた時、そのファッションを「バタビア、ゲシュタポ」と評した。(小5)

■「おじさ~ん、ネクターちょうだい」「ピーチかオレンジか、どっちがええですかいのう?」

という当時のCMのやりとりを前振りしておいて、「グレープ!」としめた。(小5)
■クラスの中でも大人しく地味な女の子に恋をした。(小6)

■遠足で、先生の口癖を真似てその先生と歩きながら話し、歩きながらほっぺたをつねられていた。(小6)
■水泳の時間が終わって男子は教室で着替えをするのだが、K君はなかなかパンツをはかず、机の上をフリチンで走りまわり、廊下で待つ女子からブーイングを浴びた。(小5、6)

 

そして中一の夏、K君は僕を赤い鳥のコンサートに誘ってくれた。

そこで新居潤子さんの「赤い花白い花」の歌声を聴いて、僕は全身に戦慄が走った。

帰りの電車で、K君は「ギターのおっさん、カッコイイ」と感想を述べた。

(K君へ あのときのコンサートチケット代、勘違いをしていて支払うのが遅れてごめんなさい)

 

初めて見た赤い鳥のステージ、それがきっかけで僕は強烈に音楽が好きになりギターを始めた。

K君はこれまでに出会った最も風変りな御仁であり、僕にとって恩人でもある。